2016_11
23
(Wed)08:45

南木曽から妻籠まで中山道散策

リハビリ第5弾 中山道を南木曽駅から妻籠宿まで歩きます。
中山道は、江戸時代の五街道の一つで、江戸の日本橋と京都の三条大橋を内陸経由で結ぶ街道です。

先日の日曜日が歩いていても汗ばむような陽気だったので、そのつもりで薄着をしてきたら大間違い。
朝から風も冷たく、今日は散策日和ではないような。
それでもせっかく出かけてきたのだからと南木曽駅までやってきました。

南木曽駅
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南木曽駅は、長野県木曽郡南木曽町読書にある、東海旅客鉄道(JR東海)中央本線の駅です。

中山道を歩くには駅の駐車場は利用が出来ないので、川向こうの天白公園の駐車場を利用するように駅で案内されました。

天白公園駐車場
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火の見櫓
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この火の見櫓は昭和34年頃に南木曽駅前に建設されましたが、平成8年度に駅前整備をするにあたり、町内最大(当時の高さ
約13メートル)でデザイン的にも珍しいことから、火の見櫓上部(上から5メートル)をこの公園に残すことになったそうです。
天白公園のシンボルとして十分目につきます。

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桃介橋
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天白公園駐車場より

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天白公園から桃介橋の全貌が見えます。

天白公園案内図
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桃介橋は意匠的・技術的に優秀であるとして、読書発電所施設の一部として国の重要文化財に指定されています。

桃介橋
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桃介橋は別名「桃の橋」と呼ばれ、木曽川の水力発電開発に力を注いだ大同電力の福沢桃介社長が読書発電所の建設の資材運搬路として大正11年に木曽川に架けたものだそうです。
老朽化が進んだため、天白公園整備に併せて南木曽町有形文化財として復元されました。
桃介橋は全長247m、幅2.7mで、この付近では最大川幅のところにあり、美しく雄大な景観を誇っています。
この橋は、木製補剛桁を持った吊橋としては、日本有数の長大橋であり、下部石積み・上部コンクリートの主塔3基を有し、4径間の吊橋となっています。
橋の上に二本の線が見えますね。
これは橋の中央に資材運搬用のトロッコのレールが敷かれていたため、その痕跡が分かるように復元してあるそうです。

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橋より上流の景色

橋の端を歩くには少し勇気がいります。
怖くて真下はのぞけません。

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橋の上よりみた河川公園
3基の主塔のうち、中央の塔からは中州に降りる石段が設けられています。

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橋を渡り切って振り向くとこんな感じです。
かなり長いことがわかります。

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桃介橋を渡り南木曽駅に戻ってきました。

南木曽町観光案内図
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中山道 信濃路自然歩道 案内石碑
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駅前駐車場入り口

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駅右手奥の階段を上り線路わきを歩くとSL公園があります。

歴史の道 中山道 
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D51351機関車
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D5135機関車は昭和15年3月から30有余年の長い間日本海沿いや中央西線木曽谷沿いに走り続けてきましたが、国鉄の近代化(電子化)に伴って廃車となりました。
この馴染深い『デゴイチ』は昭和49年5月に国鉄から貸与を受けて中央線の旧線上に展示したものだそうです。

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D51351機関車について
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走行距離 2,141,417km
たくさん走りましたね。
お疲れさまでしたと声をかけてあげたいです。

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幼い頃走っているのをよく見かけました。
汽笛を鳴らし、煙をもくもく出しながら本当に走っていたんです。
とても不思議な気持ちがしますね。
ちなみに『銀河鉄道999』好きでした。

SL公園の反対側は一刻院という観音堂があります。

六地蔵尊
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木彫りの観音様
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輪切りの切り株の中に木彫りの観音様
ちょっと芸術的ですね。
首だけくっつけてあるのもインパクトが

千体観音堂 一刻院
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御堂の中には千体の木造の観音像が安置されているそうです。

妻籠宿 3.2km
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常設ウォーキングコース
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ここから妻籠宿を目指します。

妻籠宿3.1km
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徒歩で約一時間。
アスファルトの舗装道路を登っていきます。

道沿いに小川が流れていました。
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足を止めて水の流れ落ちる様子を見ていました。
ミニチュアの滝のようです。

しばらく歩きます。
左手に袖振りの松が見えてきました。

そでふりの松
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『袖振りの松』は木曽義仲が弓を引こうとした際に邪魔になった松を巴御前が袖を振って横倒しにしたそうです。
その松よりまた芽が出て何代目かの松と伝えられていました。
『え~この松なの、ちょっと小さすぎない?』と思い案内板を読んで納得。

巴御前の袖振りの松
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巴御前伝承の松は平成21年に松くい虫により立ち枯れたため伐採され、富山県南砺市富光にある巴塚の樹齢750年ほどの黒松の実生苗木を譲り受けて植樹したものだそうです。

かぶと観音復元15周年
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袖ふりの松の横には、兜の形をかたどった鬼瓦のような石造物があります。

神明神社
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袖振りの松の向かい側に神明神社があります。

南木曽町史跡かぶと観音
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旧中山道(歴史の道、信濃路自然歩道)のご案内
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かぶと観音像
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観音様の左手の上には兜が見られます。

かぶと観音堂
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妻籠に砦を築いた木曽義仲が北陸路に出撃せんとする時、鬼門の守りに兜前立の観音像を外してここに祀ったのがかぶと観音の起こりと伝えられています。

袖振りの松の水舟
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袖振りの松は地域の方によって長さ7mという通常の倍以上の大きさの水舟に加工され設置されています。

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長さ7メートルといってもそばで見ると結構な大きさです。

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水船は三層にくりぬかれ上部の細く切り抜かれた溝から下の層に水が流れるように工夫されて作られていました。
紅葉の葉が水船に浮かんで華やかですね。

水舟の前には鎖で囲まれた石碑と自然石がありました。
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石碑には『柵で保護されている自然石は木曽義仲公が兜を置いて休んだ石と伝えられています。
表面に小さなへこみがありますが、幾世代の子供が小石をもちいて擦り遊んだ跡であります。』ときざまれていました。

義仲が兜を置いて休んだという『腰掛け石』
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石の上の落ち葉を払うと、表面に小さなへこみがあらわれました。

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道路より眺めた兜観音全景。
紅葉が鮮やかです。

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木工芸品 水車・一本の木から作った鎖

せん澤石碑道標
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竹林の中にあります。

一里塚
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上窪の一里塚
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一里塚は一里(約4㎞)ごとに築造されたものです。
上窪の一里塚は江戸から数えて78里目の塚になります。

良寛碑
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 『この暮れのもの悲しきに若草の妻呼びたてて小牡鹿鳴くも』

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良寛は越後出雲崎に生まれ、詩人・歌人・書家としても知られる江戸時代後期の禅僧です。
生涯無欲恬淡な性格で諸民に信頼され子供達を愛し積極的に遊んだと云われています。
また良寛の持っている頭陀袋の中には、いつも4、5個の毬が入っていて子供たちと手毬やかくれんぼ、かごめ遊びなどに興じたと伝えられています。
手まり上人といわれたわけですね。

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土手にキノコ発見!

蛇石の石碑道標
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蛇石
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穴から頭を出したかんじかな
蛇の後頭部ですかね。

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左から回り込んで上の道から撮って見ました。
穴からでた蛇の首が長く写りました。
蛇の顔側面から見た感じですかね。
かなり大きな大蛇です。

しろやま茶屋
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遠くに見える明かりはトイレの明かりです。

妻籠城祉
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妻籠城は小牧・長久手の戦いの折ここも戦場となり、木曽義昌の家臣山村甚兵衛良勝が籠って、徳川家康配下の菅沼、保科らの軍勢を退けたということです。
また、関が原の戦いに於いて、徳川秀忠が戦いには間に合わず、ここ妻籠城でその勝利を知らされたとされる場所でもあります。
妻籠城は典型的な山城で、空堀・帯回輪、さらには南木曽岳にのびる妻の神土塁という土塁も備えており、規模の大きな構えであったことが知れています。

妻籠城跡石碑
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せっかくなので頂上を目指します。

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土橋
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1600年時は木橋でしたが1900年に土橋に変えられました。。

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堀切
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堀切とは敵から城を守るための溝のことで、敵の侵入を防ぐための水のないお堀です。
ここに堀を作ることで、敵の足を一旦止める事になるそうです。

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帯曲輪
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帯曲輪は本丸の周囲にめぐらした防御陣地のことです。

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突然開けて頂上本丸跡に到着しました。

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北には木曽川と遠く駒ケ岳を望み、南は妻籠宿から馬籠峠まで一望できます。
妻籠宿の駐車場の車が見えました。
今日の混雑状態がわかります。

よく歩いたのでおなかもすきました。
まだ10時30分ですが、朝も早かったので、といろいろ言い訳をしましたが、結果早弁です。
東屋があったので、そこでコンビニで買ったおにぎりを食べました。

 毎年、11月23日にはこの妻籠宿で『文化文政風俗絵巻之行列 』が開催されます。
文化文政時代の中山道を旅する旅人や近くのお百姓、町娘やお役人など。
そして時代行列の中でも花嫁行列は注目の的です。
それってもしかしなくても今日ですよね。

妻籠城跡へ登る前は一人しかいなかった城址入り口からしろやま茶屋にかけて30人程の人だかりができていました。
皆さん手にはしっかりとカメラを握りしめています。
地元の関係者の方が合図の打ち上げ花火を持って待っていました。

午前10時30分に妻籠宿場から北へ2Km、渡島地区にある南木曽町総合グラウンドを出発し、旧中山道を歩いて妻籠城址入り口には11頃到着予定。
正午には宿場の中心に至ります。
行列は予定通り11時にやってきました。

『文化文政風俗絵巻之行列 』
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ここで少し休憩するので、多少行列の皆様気を抜いておられます。

さて行列を見送った後は、このまま行列の後をついて旧中山道を歩くのか?
それとも大回りコースの舗装道路を歩いて先回りするのか選択しなければなりません。
花嫁行列は途中で合流なので先回りしなければカメラには収められそうにないので、大回りコースに行くことに決定。
合図の花火を打ち上げた方が言うには「どこにいってしまうの?」というぐらい大回りの道だそうですが、覚悟を決めて出発です。

本当に大回りでした。
足が痛い!
道を下ってくると妻籠宿観光案内所脇の石段にたどり着きました。
妻籠宿に無事到着です。

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この後花嫁さんの荷物の行列が続いていたのですが、マナーを守れない大人が多く、行列に混ざって花嫁さんについていく人の群れで写真を撮ることが出来ませんでした。
自分のことしか考えていないのが残念です。
行列の最後尾の方も気の毒ですし、マナーを守って見ている人にも迷惑ですよね。

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行列が通り過ぎた後は人ごみはなく、のんびり散策出来ました。

帰りは南木曽の駅までバスで行く予定だったので、第一駐車場のバス乗り場へ向かいました。
ところが丁度バスは出たばかりで、2時間待ちということで、結局歩いて南木曽駅に向かうことになりました。

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水車小屋
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鯉岩
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どのへんが鯉なのかな~
少し離れて撮って見ます。

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昔妻籠城山に木曽義仲の後裔義昌が砦を築いていた頃、武将が此岩の附近で恋の物語りをささやきなりと云う伝説がありました。
其の後、部落の地名も恋野となり現在も其の儘残っています。
鯉ヶ岩は大きな鯉の形をした大岩でしたが、明治24年美濃の大震災で移動したため形が変わってしまったそうです。
烏帽子岩(吾妻橋地区)兜岩(神戸地区)と共に「三大岩」として有名です。

木曽路名所図絵
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この絵を見れば岩も鯉に見えますね。

中山道を妻籠城址まで戻り、そこから中山道ではなく平坦な舗装道路をひたすら歩き南木曽に戻ってきました。

桃介橋より下流のみどのおおはしを渡ります。
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桃介橋がみえますね。

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これで天白公園駐車場に戻ってきました。
足の裏がかなり痛いです。
歩数計はおよそ18,300歩。
かなりくたびれました。
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C.O.M.M.E.N.T

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