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2018_09
29
(Sat)12:27

足付きプランター

長年にわたり、シンプルな茶色のプランター(64×23×18.5Hcm)を使ってきましたが、夏場はすぐに土が乾燥してカラカラになってしまい、朝夕の水やりが大変でした。

今年の春に野菜用の大きな90㎝のプランターを購入し、野菜を植えたところ水やりも楽になり調子が良かったです。

車庫には、フェンス越しに90㎝の足つきプランター3個にバラが植えられていますが、その横に並べられていた小さなプランターも90㎝の足つきプランターに変えてみました。

足つきプランター900 ダークブラウン
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幅約90×奥行約34.5×高さ約29.8
土の容量 約58.0L
スノコのないプランターなので、上げ底メッシュ構造になっていて、排水性と通気性に優れています。
4隅の足のところがウォータータンクになっていて水切れをお起こしにくい構造になっています。

バラのプランターはハーブグリーンで、深緑なので同じ色で揃えようと、探し回ったのですが同じ色がなく断念しました。
形は同じものなので見栄えは揃っていてよいかと。
プランターも大きくなったので植物もゆったり植えられ、心なしか以前のプランターより元気です。
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2018_09
27
(Thu)19:22

シャインマスカット

9月27日は無尽のお茶会でした。
一か月ぶりの無尽でしたが、美味しいデザートとドリンクバーで話がはずみます。

ココスのシャインマスカットのパルフェ
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シャインマスカットのパルフェは、 甘くて種のない皮ごと食べられるシャインマスカットとさっぱりとしたフルー ティーな味わい赤ブドウの果実感たっぷりのソルベとミルクプリンの濃厚な味わいが楽しめます。

ブドウの房のような盛り付けと、マスカットの艶やかなグリーンが素敵ですね。

疲れた身体には甘いものが一番です。
話題の絶えない主婦のおしゃべりの時間は過ぎていきました。



2018_09
25
(Tue)12:52

9月の庭の草花 『ニラ・ヒガンバナ・ケチョウセンアサガオ他』

旅行の写真を整理しているうちに花の写真がたまってしまいました。
庭の草花です。

9月3日撮影

ニラ(韮)ネギ属に属する多年草。緑黄色野菜。
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ニラの花が綺麗なので観賞用に育てています。

9月4日撮影

ハナトラノオ(花虎の尾)シソ科の植物の一種。
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勝手に自生しています。
良く増えます。

トレニア ツルウリクサ属(トレニア属)アゼナ科の属の1つ。
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ホオズキ(鬼灯)ナス科ホオズキ属の多年草。
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毎年違う場所で出てきて成長します。

9月7日撮影

タマスダレ(玉簾)ヒガンバナ科(クロンキスト体系ではユリ科)タマスダレ属の球根草。
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9月16日撮影

ヒガンバナ(彼岸花、学名 )ヒガンバナ科、ヒガンバナ属の多年草。別名曼珠沙華(マンジュシャゲ)。
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彼岸花は球根がどんどん増えていきます。
一本植えたものが、長年経ってこんなに増えました。
モグラが作ったトンネルにより、球根が地中から押し出され花が咲かなかったものもあったので、土の中に植えなおしました。
来年は更に増えると思います。
お彼岸の時期には必ず咲くので、彼岸を知らせてくれる花だと義母がいいます。
夏の花が終わった庭に、彼岸花の赤色が庭を飾っています。

キキョウ(桔梗)キキョウ科の多年生草本植物。
矮性キキョウ アストラホワイト
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矮性キキョウ アストラブルー
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矮性キキョウ アストラピンク 
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キキョウの花をホームセンターで見かけたので購入しました。
矮性キキョウと言って、従来の物よりも草丈が短く花もちがよいそうです。
宿根草なので、毎年楽しめそうです。
プランターに植えてみました。

シュウメイギク(秋明菊)キンポウゲ科の植物の一種。
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9月18日撮影

ケチョウセンアサガオ(毛朝鮮朝顔 ) ナス科の種。別名アメリカチョウセンアサガオ。低木の一年生植物。
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花からは芳香を発します。

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果実は直径約5㎝ほどで卵形のとげのある実になります。
熟すと開いて割れ、種子を分散させます。
種子は、土壌中で何年も生きることができるそうです。

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茎や葉は植物全体に灰色がかった外観です。
葉は、短く灰色がかった柔らかい毛で覆われていて、羽状脈をもつ楕円形の葉身を持っています。
触った感じがしっとり毛ぶんでいて肌触りがいい感じです。

実家でもらったギボウシの鉢植えから二年目にして突然生えてきました。
葉に見覚えがあったので他って置くとこんな状態になりました。
実が割れて種が落ちていたので拾って花壇に蒔いてみました。
実家の庭にある菜園で毎年咲いているので、期待が出来そうです。

ダンギク(段菊)シソ科の多年草です。
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段々に紫の花を咲かせて綺麗です。

初雪カズラ キョウチクトウ科テイカズラ属
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昨年の冬の寒さに耐えきれなかったためか、鉢植えの大きな株だった初雪カズラは春になっても葉が枯れたままで、枯れてしまった枝を切り取り、少し残ったものがやっとこれだけ成長しました。
今年は車庫の屋根の下に移動。
緑の葉の上に伸びたピンク色の新芽と白い斑入り葉がとても綺麗です。

クワズイモ サトイモ科クワズイモ属。亜熱帯~熱帯地域原産の植物。
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スタイリッシュな外観をしているクワズイモは、地上に突き出ている芋の先から育ち、大きく広がる葉っぱをつける観葉植物です。

鉢植えのクワズイモが大きくなったので、鉢を一回り大きいものにかえて植え替えたのですが、水をやりすぎて途中から芋が腐ってしまい葉も全て落ちてしまいました。
もうだめかと思いましたが腐ったところから芋を切り横に刺してしばらく放置しておくと、なんと次から次へと、地中から芽が出て葉が伸びこんなに成長しました。

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凄い生命力です。
捨てなくてよかった。
水の与えすぎは要チェックです。

失敗を繰り返しながらの園芸ですね。
園芸とは植物を育てること。
植物を育てる技術。
植物を育て楽しむこと。
園藝とも書き、生きた植物を絶対的素材とする芸術の一つともいわれています。
なかなか奥が深いですね。

9月25日撮影

コムラサキ(小紫)クマツヅラ科 ムラサキシキブ属  落葉広葉低木 。
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雨の中コムラサキの実が艶やかに光っています。
 
ホオズキ
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濃い橙色に色づきました。
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(Mon)21:19

虹とお月見

9月は秋雨前線や台風の影響で降水量も多くなるといわれますが、秋晴れは数日で、どんよりとした曇り空や、突然の雨や雷雨があり、『おんなごころとあきのそら』 とことわざにもあるように、秋の空模様は本当に変わりやすいですね。
秋は高気圧と低気圧が交互に通過し、天気は数日の周期で替わるそうです。

雨上がり、日差しも出て気温も上がり蒸し暑いなと思っていると、いきなりの土砂降り、そして黒い雲が通り過ぎた後には虹が。

9月18日撮影

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雨上がりの夕方、見事な大きな虹がでました。
七色がくっきりと綺麗です。

二重の虹
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流れる雲に見え隠れしながら薄れて消えていきました。

24日は十五夜のお月見でした。

9月24日撮影

お月見のお供え
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今年は忘れることなく、お供えもして月を愛でることができました。
お供えと言っても有り合わせの林檎、梨、キウイと ご飯をつぶして作った手抜き団子です。
庭にあるススキ、段菊、チェリーセージを花瓶に挿して華やかに。

天気が心配でしたが21時くっきりとまん丸お月様が見えました。

満月
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月の光が明るすぎて頑張って撮ってもこんな感じです。
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(Wed)17:06

東北 『山形県米沢上杉神社』

25年ぶりに非常に強い勢力で上陸した台風21号は足早に通り過ぎたものの、最大瞬間風速は、近畿や東海、北陸で50メートル、北海道や東北で45メートルといわれ、東海地方でもかなり強い風が吹きました。
隣の家の車庫の屋根が今にも吹き飛んできそうな感じで、時折吹く突風に大きく揺れていました。

近隣では停電が続き、夕食がとれない事態や、お風呂に入れないとラインが飛び交っていました。
中でも停電時に困るのが冷蔵庫です。
アイスクリームが解けるとかで何本も食べたという話を聞きました。
まあ大きな被害がなくてよかったのですが。
暴風雨の中、市内停電の為ご迷惑をおかけしていますと放送が流れました。
只今復旧に努めていますとのこと。
停電が続きイライラしている人が、『電力会社は何しとる』の一言。
皆様懸命に復旧作業をしております。
電力会社の方々本当にご苦労様です。
うちの娘も会社から夜半2時に出勤するよう言われ出かけていきました。
台風のさなか仕事をしている方々は本当に大変だと思います。
朝になって電気は復旧したそうです。
電気のありがたみが身に染みました。

早朝6時30分までに警報が解除されていなかったので、学校は昨日に引き続き休校となりました。
仕事も引き続き休みです。
台風が通り過ぎた後片付けに午前中はおわれ、昼から一休みがてらブログの更新をしています。


東北旅行3日目の15日は米沢に向かいました。
目的地は米沢上杉神社です。
山形市を朝8時に出発、道の駅たかはたで休憩しました。
道の駅たかはたは国道113号線沿いにあり、ここから米沢市まで25分ほどです。

道の駅たかはた まほろばステーション
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泣いた赤鬼のパネル
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みちのくおとぎ街道、高畠町のキャラクター『泣いた赤おに』です。
イケメン二人、アニメ好きなら必ず目に留まります。

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自由に撮影出来ますヨ♪

おとぎ街道
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『泣いた赤おに』は山形県高畠町出身で日本を代表する童話作家の浜田広介先生の代表作です。
浜田広介は、山形県の童話作家で『日本のアンデルセン』とも呼ばれているそうです。
日本の児童文学の先駆け的存在で、作家人生50余年の間に、約1000編もの童話や童謡を世に送り出したとか。
代表作品として「泣いた赤おに」「りゅうの目のなみだ」「よぶこどり」「むくどりの夢」などがあります。
『泣いた赤鬼は』とても印象深い絵本でした。
小学生の時読むたびに目頭がじーんとあつくなったことを覚えています。
鬼は悪者という考えを一変してくれたのがこの物語でした。
浜田広介記念館というものがあるそうです。
今度は、是非そこへ行ってみたいですね。

東北中央自動車道を経由して山形市から1時間ちょっとで米沢市に到着しました。
上杉神社は山形県米沢市にある神社で、松が岬公園(米沢城址)に位置し、上杉謙信が祀られています。
13号米沢バイパスから車で約15分ほどのところです。

松が岬公園案内図
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米沢城祉です。

舞鶴橋
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舞鶴橋は国指定登録有形文化財になっていて、橋の長さは5メートル、幅は7メートルです。

水堀
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右側

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堀を覗くと鯉が沢山泳いでいました。

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左側
大きな水堀が当時の米沢城の面影を残しています。

上杉神社参道入口
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参道両側に立てられた見覚えのある旗が風になびいています。
『毘の一字旗』と『懸かり乱れ龍』です。
『毘』の旗は上杉謙信が信仰していた毘沙門天の一文字をとったもので、『龍』の旗は総攻撃の合図に使われた旗だそうです。
いずれも戦いの時に用いられた旗です。

上杉謙信像
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参道の右手少し入ったところに上杉謙信公の像があります。

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等身大のブロンズ像で昭和49年に建立されました。
右手に采配を持ち、春日山城の方角を見つめて鎮座しています。
長い年月が経っても、故郷の春日山城に思いを馳せているのでしょうね。

上杉謙信説明文
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上杉謙信は戦国末期、群雄割拠の中にあって『越後の虎』と恐れられた文武兼備の名将です。
謙信は毘沙門天を深く信仰し、軍旗に『毘』の一字を用いました。
出陣に際しては神仏の加護を願い、天に代わって世の邪悪を払う『武禘式』を執り行なったとあります。

謙信は、越後の龍・軍神と称されるほど戦上手な戦国武将として有名です。
武田信玄との『川中島の戦い』は有名で、常に義を重んじる姿勢が人気の武将です。

天池人像
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上杉景勝公と直江兼続公の主従像
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慶長六年(1601)、上杉家は関ケ原戦の責めを負って、会津百二十万石から米沢三十万石に減封されました。
初代藩主は上杉景勝公、その執政が『愛』の前立ての兜で知られる直江兼続公です。
二人の主従は固い絆で結ばれ、義と愛の心で領国経営にあたり、米沢藩二百七十年にわたる治政の礎を築きました。

『天地人』の放送によって全国に示された主従の強い絆や上杉家に継承されてきた義と愛の精神を後世に伝えていくことを願い、上杉景勝・直江兼続主従の銅像が建立されました。

天地人といえばNHK大河ドラマ『天地人』で妻夫木聡さんが直江兼続役でしたが、かっこよかったですね。
オープニングの音楽が頭の中に流れます。

参道左側には説明板

米沢城下絵図
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米沢城
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伊達氏・上杉氏の居城で、松岬城・舞鶴城とも呼ばれています。
米沢城の起源は、鎌倉時代に地頭・長井時広が居館を置いたと伝えられています。
その後、長井氏に替わり伊達氏が置賜地方を領し、天文十七年(1548)に伊達晴宗が本拠を米沢に移し、輝宗・政宗の三代で米沢城下が整備されました。
天正十九年(1591)、政宗は豊臣秀吉の命で岩出山城に移り、米沢城には蒲生氏郷の家臣・蒲生郷安が入りますが、慶長三年(1598)に上杉景勝が会津百二十万石に入封、米沢城には家臣・直江兼続が配されました。
慶長六年(1601)、前年の関ケ原の戦いで西軍方についた上杉景勝が米沢三十万石に滅封され米沢城に入城、城下の拡張整備に着手しました。
以後、寛文四年(1664)に後継問題で米沢藩は十五万石となりますが、米沢城は約270年間にわたり上杉氏十三代の居城として明治維新を迎えました。

城郭は平城で、本丸・二の丸・三の丸からなる輪郭式の縄張りで、三の丸の東側には町人町・職人町が置かれました。
本丸の中央は藩主の住む御殿があり、南東隅の高台には上杉謙信の遺骸を祀る御堂が建ち、北東と北西の隅には三層の隅櫓がありました。
明治になって御殿や隅櫓は取り壊され、本丸跡は松岬公園と上杉謙信を祀る上杉神社になりました。
堀と土塁が往時を偲ばせ、堀の周囲には桜の木が並び桜の名所ともなっています。

米沢城ゆかりの戦国武将
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伊達政宗(1567~1636)
仙台藩六十二万石の基礎を築いた戦国武将。
永禄十年に米沢城で生まれ、十八歳で家督。
幼名は梵天丸で、『独眼竜』とも称された。
会津の芦名氏等を破り領地を広げるが、政宗二十五歳の天正十九年に豊臣秀吉によって岩出山城に移される。
その後、本拠を仙台城に移し仙台藩の基礎を築く。
寛永十三年に江戸で死去、享年七十でした。

直江兼続(1560~1619)
上杉景勝を支えた知将。
樋口惣右衛門の長男として坂戸城下に生まれ、景勝の近習に選ばれる。
その後、重臣・直江家を継いで上杉家の中枢として景勝を支えた。
米沢三十万石へ移封後は、町割りや堤防・水路の整備、鉄砲鍛冶の招聘、学問所『禅林文庫』の開設など、城下町米沢の基盤を築く。
元和五年に江戸で死去、享年六十でした。
林泉寺に兼続夫妻の墓があります。

上杉景勝(1555~1623)
米沢藩の初代藩主。
坂戸城(新潟県南魚沼市)に生まれ、叔父上杉謙信の養子となる。
謙信死後の家督争いに勝利し越後を統一。
豊臣秀吉の命で会津百二十万石に移り、五大老となるが、秀吉死後に徳川家康と対立、関ヶ原の戦いの後に米沢三十万石へ移封となる。
以後、重臣直江兼続に命じ、米沢城下の整備や政治体制の確立など米沢藩の基礎を築く。
元和九年米沢城で死去、享年六十九でした。

上杉謙信が眠る米沢
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上杉謙信は天正六年(1587)、越後の春日山城(新潟県上越市)で四九年の生涯を閉じます。
その遺骸は漆で密閉された甕に入れられ、上杉家と共に越後から会津、米沢へと移されました。
米沢城本丸の東南隅に謙信遺骸を祀る御堂(祠堂)が建てられましたが、本丸内に遺骸を安置するのは大変珍しいことです。
御堂は城内で最も神聖な場所とされ、江戸時代が終わるまで藩士から崇拝されました。
現在は歴代藩士が眠る米沢藩主上杉家廟所中央に遺骸が移されています。

伊達政宗公生誕の地 
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米沢はかっては伊達家の領地でした。
戦国武将伊達政宗は米沢城に生まれ、25歳で岩出山城(宮城県大崎市)に移封されるまでの青年期の多くを米沢で過ごしました。

上杉鷹山像
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なせば成る 
 なさねば成らぬ 
  何事も 
成らぬは人の 
 なさぬなりけり
            上杉鷹山公詠
この言葉は聞き覚えがあります。
わりと有名ですよね。
どんなことでも強い意志を持ってやれば必ず成就するということで、やる気の大切さを説いたことばだそうです。

上杉鷹山公
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上杉家十代、貧窮の淵にあった米沢藩を、卓抜な発想と大胆な政策によって再建した江戸時代随一の名君として知られています。
米沢織、米沢鯉、深山和紙など、鷹山の興した産業は現在に伝承されています。
『為せば成る』、あらゆる困難に立ち向かいながら、この言葉通りに一生を生き抜いた方なんですね。

直江兼続公
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いよいよ上杉神社へ、参道を直進します。

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手水舎
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手水といえば通常は竜が多いですよね。

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さすが『越後の虎』と呼ばれていただけあって、やはりここは龍ではなく虎です。

上杉神社入口には、上杉謙信の作とされ家臣団に伝えられてきたと言われる、心のあり方と人の言動、態度などの関係を 16ケ条にわたって記した『上杉謙信公家訓十六ケ条』の碑があります。

上杉謙信公家訓十六ヶ条
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一、心に物なき時は心広く体泰なり   (物欲がなければ心はゆったりとし体はさわやかである)
一、心に我儘なき時は愛敬失わず    (気ままな振舞いがなければ、愛嬌を失わない)
一、心に欲なき時は義理を行う     (無欲であれば、正しい行い、良識な判断ができる)
一、心に私なき時は疑うことなし    (私心がなければ他人を疑うことがない)
一、心に驕りなき時は人を教う     (驕り高ぶる心がなければ、はじめて人を諭し教えられる)
一、心に誤りなき時は人を畏れず    (心にやましい事がなければ、人を畏れない)
一、心に邪見なき時は人を育つる    (間違った見方がなければ、人が従ってくる)
一、心に貪りなき時は人に諂うことなし (貪欲な気持ちがなければ、おべっかを使う必要がない)
一、心に怒りなき時は言葉和らかなり  (おだやかな心である時は、言葉遣いもやわらかである)
一、心に堪忍ある時は事を調う     (忍耐すれば何事も成就する)
一、心に曇りなき時は心静かなり    (心がすがすがしい時は、人に対しても穏やかである)
一、心に勇ある時は悔むことなし    (勇気を持っておこなえば、悔やむことはない)
一、心賤しからざる時は願好まず    (心が豊かであれば、無理な願い事をしない)
一、心に孝行ある時は忠節厚し     (孝行の心があれば忠節心が深い)
一、心に自慢なき時は人の善を知り   (うぬぼれない時は、人の長所や良さがわかる)
一、心に迷いなき時は人を咎めず    (しっかりした信念があれば、人を咎めだてしない)

この『上杉謙信公家訓十六ケ条』は別名『宝在心』といい宝は心に在りと説いたものだそうだそうです。

家訓とはその家を守り立て存続させていくために、子孫の戒めとしてその家の当主が書き残して与えたものだといわれます。
かなり長くて頭に入れるだけでも大変そうです。

上杉神社が見えてきました。
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上杉神社御由緒
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御祭神 上杉謙信公
天正六年(1578年)三月十三日、戦国の名将上杉謙信公が越後の春日山城に四十九才で急逝された時、その遺骸を城中不識庵に仏式を以て鎮祭されたのですが、二代景勝公が会津を経て米沢に移封されるに当たり、祠堂を米沢城内に移して仏祭を厳修し、爾来二百六十年に及びました。
明治の世を迎えに祠堂のまま神祭に改め、米沢藩中興の名君鷹山公を合祀して上杉神社と称し県社に列しました。
明治三十五年に別格官幣社に列せられました。(鷹山公は新たに摂社として松岬神社を創立して正面濠の外に鎮座。)

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狛犬
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上杉神社の駒犬は、姿勢が良くて厳格さがにじみ出ている感じがします。
人間でいうと『気を付け』という直立不動の姿勢をとらせる時の号令がかかった時の状態みたいな。
謙信様の厳しい教えが狛犬にも影響しているように思われました。

上杉神社
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燈籠
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灯籠の獅子
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可愛かったので撮って見ました。
今にもちょこちょこと這い出しきそうです。

上杉j神社右手奥に稲荷神社がありました。

福徳稲荷神社参道入口
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福徳稲荷神社
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第六代宗憲が、城の二の丸に建立したもので、鷹山はこの社を篤く信仰し木彫りにした『正一位稲荷大明神』の額を寄進しました。
天明6年2月11日には鷹山をはじめ、男女100人が詠んだ1題1首の歌を額として奉納したそうです。

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福徳稲荷大明神縁起
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御祭神 宇迦之御魂大神
沿革 
今より二百三十年前の享保十年に上杉宗憲公が城内の鎮護として二の丸に勧請され爾来歴代の御崇敬がありました。
明治九年五月鷹山公の御信仰あつかった三の丸稲荷祠を合祀して上杉神社境内に移し末社といたしました。
大正八年の大火に御本社は炎上したが稲荷社のみは火難を免がれたのであります。
福徳講中の發起にて昭和十二年に社殿改修、同二十七年拝殿増設、同三十年御屋根修理、篤信の人々霊験のあらたかなるに感じ、年越追うて社頭に詣でる者朝夕相踵ぐに至りました。
霊験記 
古誌に傳わる竒しき霊験物語があります。
時は元文五年(1740年)のこと。
宗房公の時、将軍家から御鷹の鶴拝領があり御請けの飛脚を立てたが、御祐筆所で本書と案書とを取違えて大失態を演じ措置に窮した時御城代岩井大膳元則の飯綱の修法にて神使白狐の懸命のはたらきとなり遂に大難を免かれたのであります。
其遺骸は大膳の申立にて櫃に納めてこの稲荷祠に祀られました。

市杵嶋姫弁天大神
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上杉謙信祠堂(御堂)跡 碑
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天正6年に越後で亡くなった上杉謙信の遺骸は米沢城内の御堂に納められました。
その後上杉家廟所に遺骸が移り、明治24年にこの碑が建てられました。

上杉謙信祠堂(御堂)跡
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江戸時代、上杉謙信の遺骸を安置した御堂(祠堂)が建っていた場所です。
謙信は天正六年(1578)三月十三日、越後春日山城で逝去、享年四十九でした。
その遺骸は甲冑を着せ甕の納め、漆で密閉したと言われています。
その後、謙信の後を継いだ上杉景勝が会津百二十万石、米沢三十万石に移封されるに伴い、謙信の遺骸も移され、米沢城南東隅のこの地に御堂を建て安置しました。
謙信遺骸の左右に善光寺如来と泥足毘沙門像が置かれ、その後は歴代藩主の位牌も祀り、最も神聖な場所として厳重かつ鄭重に祀られました。
明治四年の廃藩に際し、仏式を改め神式とし、謙信は上杉神社の祭神として祭られました。
謙信の遺骸は、同九年に歴代藩主が眠る御廟所(上杉家墓所)に移されました。

かねたん 
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米沢市直江兼続マスコットキャラクターの愛の兜のかねたんです。

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ハートの形の台座に乗って愛嬌をふりまいています。

直江兼続四百回忌
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かねたん生誕十周年記念

建国記念の日 二月十一日
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上杉氏の養子になることになった鷹山が19歳で米沢に入った時、義父上杉重定は歓迎の意を表して米沢城大手門前広場の前を流れる御入水川に架かる橋を、新しく石橋に架け替えました。
行列を従え馬に乗ってやってきた鷹山は橋が新しいことに気づき、馬を降り、石橋の手前で丁寧に頭を下げ徒歩で橋を渡りました。
新藩主のお出迎えをしていた人々はこの鷹山の人柄に感激し、この橋に『いただき橋』と名付けたそうです。
明治に入って橋が割れても、その石を使って『建国記念の日』の碑を建てて鷹山の人柄を伝えました。

従三位上杉義曦山公の碑
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曦山公とは上杉家十三代斉憲の号
文政三年(1820)五月十日生
天保十年(1839)四月家督
戊辰戦の責により明治元年(1868)十二月隠居
明治二十二年(1889)五月二十日東京にて逝去享年七十才
その間ペリー来航、尊王攘夷、奥羽越列藩同盟、明治維新、版籍奉還と波乱万丈の時代を逞しく生きられ明治以降の諸功績により従三位に任じられました。
明治二十四年(1891)公を慕う旧藩士によりこの碑が建立されました。

謙信の精神は長い年月を経てなお上杉家の代々の藩主に根強く受け継がれていったんですね。

舞鶴橋から外に出て右側に堀に沿って歩いて行くと赤い太鼓橋が右手奥に見えてきました。

菱門橋
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米沢城本丸跡の南側堀に架かる太鼓橋で、鮮やかな朱塗りの橋は写真の好スポットとなっています。
橋名は、江戸時代は本丸内の藩主が住んだ『御殿』からの南出入口に当たり、その通行を厳重に取り締まったことから『秘し門』と称されたことに由来するそうです。

上杉神社から隣接する伝国の森米沢市上杉博物館に行きました。

上杉氏の米沢入部
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飯縄明神
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兜の前立

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上杉謙信は米沢上杉家の家祖というべき存在です。
もとは長尾氏でしたが、関東管領上杉憲政から名跡を譲られ、上杉氏を名乗りました。
謙信が使用したと伝えられる兜の前立は、あらゆる秘密を知り、その法を修行した者には思い通りの力が与えられるといわれる飯縄明神です。
仏教を固く信じた謙信の信仰世界の一つを表したものでしょう。

実りのジオラマ
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能の舞台
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能楽の衣装
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能楽の普及と米沢
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江戸時代能楽は幕府と諸大名とを結ぶつける役割を果たし、諸大名にとっては欠かすことのできない教養でした。
米沢藩でも歴代藩主が能楽をたしなみ、中でも四代藩主上杉綱憲は能楽に積極的で、自ら舞うこともありました。
また、米沢城の二の丸で行われた能楽を一般庶民に自由に見せることもしました。
綱憲の時代に関係を深めた金剛流は、現在の置賜地方にその影響を残しています。

伝国の森米沢市上杉博物館を出て、上杉神社手前にある上杉城史苑に向かいます。

上杉城史苑は物産販売フロア・レストラン・カフェ・などがあり、ゆったり広い物産販売フロアでは、米沢牛・菓子・地酒から、米沢織・お鷹ぽっぽなどの伝統工芸品まで、城下町米沢を代表するお土産がいっぱいです。

以前春日山城で買った刀のストラップを落としてしまったのですがあきらめきれず、今回それを求めてやってきたわけですが、ありがたいことに見つかりました。

刀八毘沙門
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・戦国旗指物ストラップ (800円)

上杉謙信護身刀
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・上杉謙信護身刀(800円)

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ついでに買ってしまった。
ニヤ二ヤが止まりません。((´∀`*))

新潟
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越後平野ですかね。
田園風景が続きます。
さすが新潟日本一の米どころですね。

道の駅小谷鬼の厨
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長野県北安曇郡の小谷村を走る国道148号線沿いにある道の駅です。
新潟県との県境に位置し、長野県の玄関口となっています。
国道148号線はかつて、海から塩や海の幸を、内陸部からは山の幸を運ぶ「千国街道塩の道」と呼ばれ、周辺地域は様々な物産が行き交いました。

深山の湯
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深山の湯は源泉かけ流しの天然温泉です。

恐竜
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夕闇迫る温泉に何故か恐竜の親子?

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恐竜の足跡の化石が発見されたとのことで、恐竜のモニュメントが敷地にあるそうです。
妙にインパクトのある恐竜でした。

深山の湯で夕食を食べて温泉につかり帰路につきました。

事故で渋滞していた為遠回りを余儀なくされ、下道の夜道を延々と走り、家に着いたのが午前1時でした。
旦那様3日間の遠距離の車の運転お疲れ様でした。
7月に行った旅行ですが、9月の後半でようやく更新完了です。
お付き合いいただきありがとうございました。

2018_09
01
(Sat)19:37

東北の旅 『遠野ふるさと村』

今日から9月ですね。
昨夜は夜半から激しく雨が降り、雨音で目が覚めて慌てて雨戸を閉めました。
雨戸を閉めてサッシ戸を開けておくと風が吹き込んでわりと涼しいです。

お盆前に実家からヤマアジサイの鉢植えを貰ってきました。
珍しいことに、花が白からだんだん赤く染まっていきます。
花が終わり葉だけになったあじさいは、夏の間玄関脇に置かれていましたが、雨間に東側の居間の窓下の地面に植え替えてみました。

さて東北旅行の続きです。
伝承園を後にして、遠野ふるさと村に行きました。
遠野ふるさと村は岩手県遠野市附馬牛町にあります。
伝承園から県道160号線を北に約6km10分ほどで到着しました。
遠野ふるさと村は、遠野の昔ながらの山里を再現した施設で、江戸中期から明治中期にかけて造られた茅葺屋根の曲り家をそのままの形で移築しています。
小川が流れ水車がまわり、田畑があり、炭焼き小屋がありと、遠野の昔ながらの集落を再現していることから、映画やテレビの撮影にも多く利用されているそうです。

遠野ふるさと村
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ビジターセンター風樹舎
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ビジターセンター風樹舎には入村受付、ショップ、レストラン、ライブラリーがあり遠野ふるさと村玄関になっています。

カッパの顔出しパネル
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遠野ふるさと村  自然資料館
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遠野周辺で見られる、動物や植物を展示紹介しています。

ホンドイタチ
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リス
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フクロウ
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テン
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コノハズク
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ホンドタヌキ
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イイズナ
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可愛らしい動物中心に撮って見ました。

門前(カドマエ)
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遠野ふるさと村内マップ
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大工どん
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明治中期築。88.60坪。
曲がり家の天井にはかまど神が火の神としてまつられています。
映画『河童のクゥと夏休み』でクゥたちが泊まった民宿のモデルに使われたそうです。

山里の暮らし館
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雨風祭のワラ人形
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このワラ人形は、雨風祭りの人形をモデルに作ったものです。
高さが3メートルでこのような大きいワラ人形は、全国でも珍しいものです。

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雨風祭は、二百十日前の8月下旬に行われる行事です。
等身大のワラ人形を、男女2体作り『二百十日雨風祀』と書いた旗を揚げ、太鼓やカネをたたきながら
「二百十日雨風まつるよ。おおきたのはてまで送るよ。」
と唱えて、村境まで持っていき、人形を納めます。
二百十日ごろは台風が襲来します。
被害から農作物を守るための厄除け行事です。

川前別家
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江戸末期(安政年間)築。63.68坪。
曲がった柱と梁が使われていて、ここを作った大工さんの腕の良さがうかがわれます。
TBS系浅見光彦最終章第三話遠野編に使用されたそうです。

床の間
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おしら様や河童の木彫り、藁で作った馬などが飾ってあります。

大野どん
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明治初期築。85.20坪。
大野集落の上流農家で、曲がり家の改築の様子が判る造りになっています。
NHK朝の連続テレビ小説『どんど晴れ』使われたそうです。

ポニー
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こびるの家
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宝暦12年(1762年)築。37.58坪。
こびる(小昼)とは遠野の方言でおやつのことです。
ここで予約をするとこびる作りの体験が出来ます。

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肝煎りの家
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江戸末期築。126.2坪。
曲がり家の集落の中では、一番大きな曲がり家です。
肝煎りとは庄屋さんのことだそうです。
NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』1,2話
東宝映画『蜩の記』では、本編中6割が村内での撮影で、主役の邸宅の設定で使用されたそうです。
岡田准一さんどちらも出演してます。

馬の『白雪』
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映画HOME『愛しの座敷わらし』に出演。

水車小屋
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金勢さま・しあわせカッパ
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金勢さまは男根の形をした御神体を祀った神の一柱です。
金精神は、豊穣や生産に結びつく性器崇拝の信仰によるものから始まったとされています。
子宝、安産、縁結び、下の病や性病などに霊験があるとされていますが、他に豊穣や生産に結びつくことから商売繁盛にも霊験があるとされているそうです。

ばったり
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ばったりは角材の一方を箱状にして、水がたまると杵が上がり、水が落ちると杵が下がり、ししおとしの原理で穀物をつく装置です。

田園風景
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堺雅人さん主演のNHK大河ドラマ『真田丸』第3話で、村内を『真田の郷』として撮影。

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稲垣吾郎さん主演の金田一耕助シリーズ『悪魔の手毬唄』。
福山雅治さん主演のNHK大河ドラマ『龍馬伝』第1話。

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妻夫木聡さん主演のNHK大河ドラマ『天地人』オープニングと第1話。
妻夫木聡さんがオープニングで愛の旗を掲げて歩いているシーンはまさにこの場所です。
オープニングを動画で確認して再び感動してしまいました。

金色のコイ
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池には鯉が沢山泳いでいて、池を覗き込むとそばまで泳いできて、一斉に口をパクパク動かしていました。
中に金色のコイを見つけました。
ゴールドに輝いて、縁起がよさそうです。

村内を散策した後、風樹舎のレストランで昼食に鴨ひっつみ(650円)を食べました。
ひっつみは小麦粉を用いた汁物の郷土料理で、水団の一種です。
岩手県の北上盆地を中心とした地域で食べられています。
小麦粉を練って固めたものをひっつまんで(平たい団子状にしたものを)汁に投げ入れて作られるので、ひっつみというそうです。
うどんと比べるとかなり食べ応えがありました。
鴨肉が上にのっていました。
お汁もさっぱりしていて美味しかったので、飲み切ってしまいました。
岩手県の郷土料理を堪能して遠野ふるさと村を後にしました。


次はとおの物語の館へ行きます。
とおの物語の館は岩手県遠野市中央通りにあり、遠野ふるさと村から遠野駅方面を目指しておよそ10km15分程で到着しました。

駐車場からの入り口
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とおの物語の館
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昔話蔵
この地方にあった造り酒屋の蔵を改装し、遠野地方に古くから伝わる昔話を紹介しています。
入口に入ると昔話のパネルがずらりと並べてあります。
昔話の世界に引き込まれます。

河童淵
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天狗の衣
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座敷童
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ぬかんぼとべにざら
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花咲爺
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キツネと爺様の話・舌切り雀
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桃太郎・一寸法師
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鶴女房
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雪女の話
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とおの物語の館の玄関先に獅子踊りの方々がみえました。
駅前でSL銀河お出迎えイベントがあり、そちらで獅子踊りをした後、とおの物語の館に来たそうです。

遠野 佐比内獅子踊り
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暑い中を力強く踊っていらして、間近で見られて感激しました。
丁度反対側の遠野座の方で、語り部の昔話が始まろうとしていたので、途中からお客さんはそちらに流れてしまって、最後の方は人も少なく獅子踊りの方には気の毒でした。
佐比内獅子踊り保存会の皆様ご苦労様でした。
幸運にも見られて良かったです。

1時から遠野座で語り部の昔話を聞きました。
素朴で温かい遠野の方言で聞く昔話は、方言が解りにくいものの何となく聞いていると話は解ります。
「むがすあったずもな・・・・」で始まり「・・・ど~んどはれ」で終わる遠野の昔話。
20分間で『狐と獅子頭』・『河童淵』・『若水』の三話を聞きました。
『河童淵』の話は行ってきたばかりだったのでよくわかって面白かったです。

再びとおの物語の館に戻ります。

まるい台の上には昔話に出てくる見覚えのある小道具らが、銅で作られ飾られていました。
普通の展示物かと思い近づいて道具を触るとあら不思議。

河童淵の馬
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昔話の道具に触ると触った道具からひとりでに影が動き出し、昔話のワンシーンが浮かび上がりストーリーを短く紹介してくれます。

驚いた馬と河童の影
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これは不思議でおもしろいです。
複数を同時に触ると影が広がります。

鉢かづき姫
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鉢の中に映像が映るので、両手で水をすくうようにすると、手の中にも映像が映しだされます。

塩吹き臼
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ネズミの嫁入り
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河童の話
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河童が泳いでいる影や水音が聞こえます。

天狗の話
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天狗が飛び去る影や子供たちの笑い声が聞こえます。

そばを通ると影が動き、音声が流れる仕掛けとなっています。

他に自分で昔話のストーリーを作っていけるようなゲーム感覚のコーナーもあり、自分で選択しながらオリジナルの物語を作ることが出来、楽しみも倍増です。

体験型の映像をたくさん備えた施設となっっているので子供から大人まで十分楽しめます。
遠野物語の世界に出会い、体験し、心豊かな時間を過ごすことが出来ました。
童心に帰って昔話の魅力を再発見できた場所でした。

旧高善旅館
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柳田國男が滞在した宿で、明治から昭和にかけて遠野を代表する旅籠として知られています。

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柳田國男展示館
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旧柳田國男隠居所
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柳田國男は日本における民俗学の開拓者です。
遠野出身の小説家で民話研究科・佐々木喜善が語った遠野地方の民話を記録し『遠野物語』として出版しました。

柳田國男書斎
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旧柳田國男隠居所から赤羽蔵に通路がつながっています。
赤羽蔵は遠野産の食材を使ったオリジナルの食品をはじめ、銘菓明けがらす、どぶろく、愛らしい河童グッズなど、遠野土産の定番商品がありました。

カッパ輪ゴム掛
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・ポリ輪ゴム掛 カッパ(594円)
可愛いので記念に買っちゃいました。
緑の透明感がいいですね。

民話のふるさと遠野ともこれでお別れです。
かっぱさ~ん、さようなら~。
東北の旅行いよいよ3日目に続きます。(o^―^o)/